首届人民中国杯日语国际翻译(笔译)大赛赛题
组别:本科组
项目:日译中
私たちは河原ぞいの道路をあるいていた。河原も道路も蒼白い月影を浴びて、真白に輝いていた。対岸の黒い松原蔭に、灯影がちらほら見えた。道路の傍には松の生い茂った崖が際限もなく続いていた。そしてその裾に深い叢があった。月見草がさいていた。
「これから夏になると、それあ月がいいですぜ」桂三郎はそう言って叢のなかへ入ってしゃがんだ。
で、私も青草の中へ踏みこんで、株に腰をおろした。淡い月影が、白々と二人の額を照していた。どこにも人影がみえなかった。対岸のどの家もしんとしていた。犬の声さえ聞こえなかった。もちろん涸れた川には流れの音のあるはずもなかった。
「わたしはこの草の中から、月を見ているのが好きですよ」彼は彼自身のもっている唯一の詩的興趣を披瀝するように言った。
「もっと暑くなると、この草が長く伸びましょう。その中に寝転んで、草の間から月を見ていると、それあいい気持ですぜ」
私は何かしら寂しい物足りなさを感じながら、何か詩歌の話でもしかけようかと思ったが、差し控えていた。のみならず、実行上のことにおいても、彼はあまり単純であるように思われた。自分の仕えている主人と現在の職業のほかに、自分の境地を拓いてゆくべき欲求も苦悶もなさすぎるようにさえ感ぜられた。兄の話では、今の仕事が大望のある青年としてはそう有望のものではけっしてないのだとのことであった。で、私がこのごろ二十五六年ぶりで大阪で逢った同窓で、ある大きなロシヤ貿易の商会主であるY氏に、一度桂三郎を紹介してくれろというのが、兄の希望であった。私は大阪でY氏と他の五六の学校時代の友人とに招かれて、親しく談話を交えたばかりであった。彼らは皆なこの土地において、有数な地位を占めている人たちであった。中には三十年ぶりに逢う顕官もあった。
私はY氏に桂三郎を紹介することを、兄に約しておいたが、桂三郎自身の口から、その問題は一度も出なかった。彼が私の力を仮りることを屑よしとしていないのでないとすれば、そうたいした学校を出ていない自分を卑下しているか、さもなければその仕事に興味をもたないのであろうと考えられた。私には判断がつきかねた。
「雪江はどうです」私はそんなことを訊ねてみた。
「雪江ですか」彼は微笑をたたえたらしかった。
「気立のいい女のようだが……」
「それあそうですが、しかしあれでもそういいとこばかりでもありませんね」
「何かいけないところがある?」
「いいえ、別にいけないということもありませんが……」と、彼はそれをどういうふうに言い現わしていいか解らないという調子であった。
が、とにかく彼らは条件なしの幸福児ということはできないのかもしれなかった。
私は軽い焦燥を感じたが、同時に雪江に対する憐憫を感じないわけにはいかなかった。
「雪江さんも可哀そうだと思うね。どうかまあよくしてやってもらわなければ。もちろん財産もないので、これからはあなたも骨がおれるかもしれないけれど」私は言った。
「それあもう何です……」彼は草の葉をむしっていた。
話題が少し切迫してきたので、二人は深い触れ合いを避けでもするように、ふと身を起こした。
「海岸へ出てみましょうか」桂三郎は言った。
「そうだね」私は応えた。
ひろびろとした道路が、そこにも開けていた。
「ここはこの間釣りに来たところと、また違うね」私は浜辺へ来たときあたりを見まわしながら言った。
沼地などの多い、土地の低い部分を埋めるために、その辺一帯の砂がところどころ刳り取られてあった。砂の崖がいたるところにできていた。釣に来たときよりは、浪がやや荒かった。
「この辺でも海の荒れることがあるのかね」
「それあありますとも。年に決まって一回か二回はね。そしてその時に、刳り取られたこの砂地が均されるのです」
海岸には、人の影が少しは見えた。
——徳田秋声「蒼白い月」