组别:翻译家组
项目:日译汉
(一)
みどりがどうしてもほしい私は我が家の屋上にささやかな庭を作った。屋上のふちに添って灌木や花木を植え、散歩の折など買いために盆栽を並べ、白いテーブルと椅子とを置いた。
春の夕暮れ、仕事場から戻り、小庭のテーブルにもたれ酒を飲みながら、咲き始めた花や、うるんだ硝子球のような夕陽をぼんやり眺める。
そして、毎朝この小庭園の植物に水をやるのが私の日課のひとつだが、「なあ、きれいな花を咲かせてくれよな」と声をかけて水をやると、どうも育ちがいいのである。
私はそれを花好きのある老婦人から聴いたのだ。はじめは、そんなことがあるものか、という気が心の何処かに動いたが、試してみると、本当のようだ。植物は人間の言葉がわかるのか。
そこで、ある新聞の随筆にそのことを書いてみた。何人かの読者から、「わたくしも鉢に水をやる時、話しかけます。すると黙っているより、綺麗な花を咲かせます」
同じような体験をした人たちがおられたのである。
同じ頃、東北のある都市にある音響研究所の人と対談することがあった。研究所ではその街の飛行場の滑走路近くに植えられた桜の果実が、他のものより甘いのに着目し、それは着陸する飛行機の音響が影響を与えているのではないかと考えた。そしていわゆる音楽栽培の実験にとりかかったのである。
そこの温室ではずらりと並べた鉢にモーツァルトをきかせ、それが成長や開花や実の結び方にどのような効果をもたらすのか、調べているという。そして、植物にもどうも好きな曲と嫌いな曲があるらしい。
更に興味をそそられた私はある日小庭の椅子に腰掛け、『植物の神秘生活』という本に読みふけった。
本にこんな挿話が語られていた。
嘘発見器を作った技師がサボテンにこの器具をとりつけ、色々と話しかけたが反応がなかった。
頭にきた彼は「これ以上、沈黙しているならお前に火をつけて焼くぞ」と威嚇をした。
途端、今まで頑なに動かなかった反応器の針がピリピリと動き出した。サボテンは彼の威喝が分かったのである。
驚くべきこの結果に技師は街に出て叫びたかったという。「植物は人間の言葉が分かるんだ。人間の言葉が分かるんだぞ」
読者には私のこんな話を馬鹿馬鹿しいと思われる人もおられるだろう。
しかし、私はやはり信じたい。木々はもとより小さな草花でさえ、人間の気持ちが分かるのだということを。
やさしい言葉を如露の水と共に受けた花はより美しい花を咲かす。水をくれる人間の愛情を敏感に感じるからだ。
「火をつけて焼くぞ」という威喝を受けたサボテンは恐怖のあまり震える。死を感じるからだ。
彼らはいわゆる我々の「言語」を理解するのではない。その言葉の背後にひびく人間の感情のうち、愛と死との二つの波にだけ非常に敏感に鋭く反応するのだ——それが私の考えである。
そして我々やすべての生物を包む生命の世界にはこの愛と死という共通リズムがあって、この共通のリズムにだけ植物も動物も本能的に反応するのではないだろうか。
どなたかが書いておられた。
「夜なかに街では街路樹がたがいに連絡しあったり、話しあったりしています。」
それを読んだ日から、私は夜更けの静寂な路をポケットに手を入れて歩きながら、昼の排気ガスや乾いた地面で痛めつけられた街路樹や邸宅の庭の木々が話しあっているのを感じた。
幼年の頃に信じていたこと、動物や木々も話をするという童話の世界は、少年になって失われ、それが長く続いた。そして、老いた今、ふたたびそのように失った世界を私はせつに欲しがっている。なぜだろう。
シュタイナーという思想家がこう言っていた。人間は青年時代は肉体で世界を捉え、壮年の時は心と知で世界を捉えるが、老年になると魂で世界をつかまえようとすると。そして私もその三番目の魂の年齢になったからだ。
(二)
進化論を提唱した英国の生物学者ダーウィンは、生物の進化について、「最も強い種でも、最も賢い種でもなく、最も早く変化に対応する種が生き残る」と言った。
会社も同じだ。時代とともに、社会は否応なく変化し、それにつれて経営環境という「世界」も変化する。その変化の中で、生残り繁栄する組織とは、最も大きな組織でも、最も優れた人が集まった組織でもなく、最も早く世界の変化に対応して自ら変化する組織だ。変化する世界の中にいる限り、その変化に対応して自らを変化させることこそが、組織が生残るための必要条件だ。
変化や競争というと、ついネガティブなイメージを抱きがちだが、そうでもない。生物の世界では、多様な環境への対応や他の生物種との競争や棲み分けが、多様な生物種やタイナミックな生態系といった、豊穣な世界を生み出している。
ビジネスの世界でも同じだ。変化への対応や他社との競争・棲み分けがあるからこそ、創意工夫や技術革新が生まれ、優れた商品や新しいサービスが誕生する。環境変化に適応できずに退場する会社がある一方で、新たな市場を作り出して成長する会社が、新しいドラマを作り出す。もちろん、ひと言に環境変化といっても、携帯やインターネットビジネスのように月単位で変化する業界がある一方で、素材産業のように10年単位でゆっくりと変化する業界もある。
いずれにせよ、この変化する環境の中で自分をどう位置づけるかこそが戦略だ。たとえば、ソフトバンクのように変化を先取りしてダイナミックに(ある意味では節操なく)自らを変革していく企業がある一方で、百年以上続く老舗企業のように、周囲の変化に左右されないスタンスを確立することを独自の価値とする会社もある。どちらも立派な戦略だ。
あなた自身の会社はどうだろう。5年前、10年前、20年前と比べると、取り扱う商品やサービス、また会社全体の事業構成は相当変わっているのではなかろうか。逆にどんな優良企業でも、環境の変化に対応できないと滅んでしまう。
たとえば、2010年、日本航空は、そのたった数年前までは学生の就職人気トップ常連の優良企業だった。2005年に上場廃止となったカネボウも、戦前は日本最大の売上高を誇る超優良企業だった。
これらの会社は、あまりに成功しすぎたために、世界の変化にかかわらず、自らを変化させることができなくなってしまった例だろう。会社が事業を拡大し利益を上げられるかは、自分のいる市場という世界が大きくなっているか、縮んでいくかによって大きく左右される。また、拡大する世界と縮小する世界では、とるべき戦略は真逆になる。
まずは、大雑把にでも、世界が拡大している縮小しているかを押さえ、「戦略の基本的なスタンス」を決めよう。拡大する世界とは、(想像できる人なら)1980年代までの日本、または2000年前後のバブル気味のインターネット業界、または現在の中国やロシアをイメージすればよい。成長するエネルギーにあふれている世界だ。
あなたが拡大する世界の住人なら、他の住人(=会社)と同じことをしても、業績は勝手によくなっていく。需要より供給が少ない世界なので、利益率も高いはずだ。 拡大路線の戦略の基本は「イケイケドンドン」だ。売上を積極的に拡大し、シェアを増やすのが正解だ。世界が成長するスピード以上に、自社をフル回転で成長させなければいけない。
フルラインの商品展開や積極的な出店で、世界地図に占める自分の面積を増やすべきだ。安値攻勢をかけるのも、同じ商品を複数のチャンネルで競わせて売るのも悪くない。積極的な拡大を可能とするためには、大胆な開発投資や設備投資も必要だろう。そんな世界も、何か月後か何十年後か分からないが、いつかは拡大も終息する。だから、世界全体が拡大しているうちに、世界地図の中の自分の(シェア)を確保するわけだ。
この縮みゆく世界では、他の住人と同じこと、今までと同じことを続けていては、次第に淘汰されていく。だからこそ、自分の独自性をクリアに打ち出していくことが必要だ。自分の独立性をクリアにし、その強みを発揮できれば、量的には縮小する世界の中でも質的には豊かな成熟を楽しむこともできる。 この拡大・縮小の2分法は、かなり大雑把な議論だ。拡大する世界の中でも、拡大に取り残される部分もあるだろうし、戦略の失敗などで落後する住人もいるだろう。成長する世界には移住希望者(新規参入)も殺到するので、逆に競争も激しいかもしれない。また、縮小する世界の中でも、細かく見れば拡大している部分はあるだろう。将来の拡大に向けた種が潜んでいるかもしれない。
しかし、世界全体が拡大しているか縮小しているかを大雑把に把握することで、戦略の基本軸として拡大路線をとるべきか、縮小路線をとるべきかの、大粋のところが見えていく。ちなみに神田昌典氏は、拡大する世界にいることを「上りのエスカレーターに乗っている」、縮小する世界にいることを「下りのエスカレーターに乗っている」とたとえている。よい表現だと思う。世界の様相が一変した以上、戦略の基本軸を正反対に切る必要がある。この縮小する世界では、従来型の均質な量的拡大を前提とした「よいモノをより安く大量」といった戦略は機能しない。 全体のパイが小さくなりつつも、個々の個人や企業が豊かになっていく戦略を模索する必要があるからだ。
日本の経済全体は、途中で不況やバブル崩壊といった事件はありつつも、総じて戦後1950年頃~2005年頃までの50年間以上、「拡大する世界」にあった。しかし、今はすでに、国内は生産人口も減少し、GDPもマイナス成長の「縮小する世界」に突入している。
また、20世紀後半の日本はアジアの中で一人勝ちをしてきたのが、21世紀は、日本はアジア市場の(重要な位置にはいるが)1つの地域となる。フルライン戦略を見直し、少数の得意分野に集中する。集中した分野では世界No1を目指して取り組む。低迷が続く「お荷物事業」は、まだ売れるうちに売却する。グローバルでの競争を視野に入れる。その一方で、新たな成長機会に人材をシフトし、急成長するBRICsやVISTAの市場に本腰を入れて取り組み、アジア全体を市場とする。そのような転換が必要だ。縮みゆく国内市場で、今までと同じように、そして競合と同じように戦っていては、滅びることは目に見えている。